積もり話
大学生になって2か月ほど経った頃、高校の旧友から急に昼飯の誘いの連絡がきたので、池袋駅西武口で僕は待っていた。彼は遅れてやってきた。
「やあ、待ったかい? まあ積もる話もあるだろうが、歩きながら話そうじゃないか。いやあ、君の予定が空いていて良かったなあ」
「突然会おうと言うものだから驚いたよ。しかし、時間にルーズなのは相変わらずのようだね」
真ん中の島で信号に引っかかる。
「そう、時間が鍵なんだよ、牛カツっていうのは。豚カツっていうのはやっぱり豚肉だからちゃんと火を入れないといけないだろう? 牛カツは多少中身がレアでも大丈夫だから、柔らかいし、揚げる時間も短いし、美味しい」
「人の話を自分のしたい話にすぐすり替えるのも変わらないね。しかし、そんなに美味しいのか?牛カツってやつは」
「ははは、悪いね。でも味は保障するよ、入試試験前後の二週間に計五、六回も通ってしまうほどには」
「君も験を担いだりするのか」
「はは、そういう理由じゃないよ。前後、って言ったろ? 入試後にも行ってるわけなんだからさ、純粋に味が気に入っただけさ」
「いや、君のことだから受験後は喝を入れに行ったのかな、とか思っただけさ。まあまあ、そんな顔するなよ。青だ、渡ろう」
「こんな顔にもなるさ。君は僕のことをなんだと思っているんだい? ここは右。最近調子はどう?」
「調子って?」
「ほら、大学とかさ」
「ああ、それならぼちぼちさ、そっちは?」
「こっちもぼちぼち」
(歩く早さは変わらない。)
「まあ、改めて話すようなこともないよな。ここまでくると今までの相似形が多いし。ここ左」
「積もる話はどこに行ったのさ。そういえば、今から行く店、ちゃんと入れるのかい? どんな店?」
「多分、大丈夫。定員七人くらいだけど僕しかいなかった時もあるし。雪がちょっとだけ降った日があったじゃん? その日」
「二月の終わり頃の雪か。積もらない話だねえ」
「悪いが、こっからは詰まらない話でもある。その一人の時さ、奥まで詰めてくださいって言われたんだけどさ、左手の自由空間が欲しくてついつい左から二番目に座ってしまったんだよね」
「気持ちは分かるよ」
「でもさ、最近、最寄り駅の改札が端から二番目だけを入場専用にしやがってさ。一番端の改札から出ようとした時に前から入ってくる人いると二つ横に移動しなくちゃいけないんだよね。あれ結構ムカつくんだよな。入るときは逆に気を遣って端から二番目使うようにするし、結局改札一個分損してる気がして。だからさ、今度からはちゃんと端に詰めようと思うんだよね」
「はあ、なるほど」
少し沈黙。この会話の流れも、むしろ懐かしい。そう思いながら突き当たりまで進むと見慣れない公園が目に入った。
「こんなところに公園なんかあったか?」
「去年からオープンしたみたい。池袋とは思えない静かな場所で、涼しいし、休むには最適の場所だよ。ここ右」
「へー」
いつの間に変わっているものもあるのだなあ、などと思いつつ。
「ところで、街中でトイレ行きたくなることあるじゃん?特に個室」
少し進んだところで彼は切り出した。
「うん」
「こういう都会だと、駅のトイレはもちろん、書店とかマックとかのトイレも大体全部埋まってるじゃん?」
「うん」
「そういうときは予備校のトイレに行くと空いてていいんだよ、知ってたかい?」
「それぶっちゃけ、どうなの?」
「いや、せいぜいあっても二、三歳差だからバレないよ。それにさ、」
彼は前方を指しながら
「君も僕も去年ここにだいぶ貢がされただろ?」
目を向けるとそこにはエス台が。
「ああ、確かにそうだね。しかし、こんなところにも校舎あったのか、知らなかった」
「そしてここまで来ればそろそろ見えるはずだよ、牛カツ屋がね」
「見えないけど」
「ローソンのちょっと奥にあるよ」
ローソンのちょっと奥まで進んだが、店はなかった。
代わりにあったのは周りに花の装飾のついたドクロマークのシャッターだけ。
「あれ?おかしいな。調べてみるか」
彼はスマホをポケットから出した。1分ほど経った頃、彼はこっちを向いて言った。
「店潰れてたわ」
「この三ヶ月でか」
結局サイゼリヤで飯を食べた。まあこれはこれで美味しい。結論はそういうことなのかもしれない。
「週に三日も通うと、店員に顔覚えられて『いつもありがとうございます』って言われるんだよ。いつもってさ、『意』が『積も』る、で『いつも』という気がしてたんだよな」
店を出ると、彼はつぶやいた。すかさず僕は返す。
「僕に君との関係を変えるつもりはなし」